地理
詳細はニカラグアの地理を参照
マナグア湖畔から望むモモトンボ火山
ニカラグア湖に浮かぶオメテペ島の火山
コーン諸島地勢面ではモモトンボ火山が属する山岳地帯でも標高は3,000m台に留まり、東西の海岸地帯は熱帯平野となっている。東海岸の中央部に湿地帯が広がり、一方、西海岸の中部はニカラグア湖が近い。カリブ海にはコーン諸島とミスキート諸島がある。
[編集] 河川と湖
ニカラグア湖は中米最大の湖であり、独立当初からニカラグア湖と東西海岸部を結んで パナマ運河のようなニカラグア運河を建設する構想があったが、実現する見込みは薄い。面積は8029km2、最大深度70m(湖面標高32m)である。 首都マナグアの北西にはマナグア湖が位置する。マナグア湖は工業化による環境汚染が酷くなっているが、マナグア湖から流れ出すティピタパ川がニカラグア湖に流れ込む。 ニカラグア湖南東部からサン・フアン川がはじまり、カリブ海に河口が開く。ニカラグア湖には多数の火山性の島がおり、湖内最大の島はオメテペ島である。
[編集] 気候
ニカラグアは全土が熱帯性の気候に属するが、標高や地域によって差がある。ケッペンの気候区分によれば、西海岸はサバナ気候、東海岸は乾季の無い熱帯雨林気候に属する。また、国土中央の山岳部は温暖湿潤気候に属する。
西海岸では、雨季は5月から10月、乾季は11月から4月であり、高温多湿な気候である。一方で、北部山岳地帯では年間を通して過ごしやすい気候が続く。
首都マナグアの年間平均降水量は1,358mmであり、特に雨季は高温多湿となっている。
[編集] 経済
詳細はニカラグアの経済を参照
首都マナグアを見守るアウグスト・セサル・サンディーノ将軍のトタンで出来た像。足元には、チェ・ゲバラが描かれた旗が舞っている。労働人口の40%以上が第一次産業に従事しており、主要産業はコーヒー、バナナ、サトウキビ、牛肉、葉巻など。北部山岳地帯のマタガルパ県、ヒノテガ県でコーヒー栽培が盛んである。近年は日本にも豆の輸出があるものの、コスタリカ産、グアテマラ産のそれには及ばない。北西部ではサトウキビの栽培やエビの養殖が行われている。嗜好品であるが、ニカラグア産の葉巻とラム酒"Flor de Can-a"はキューバ産の物に劣らない程の高級品である。
南西部の太平洋岸では観光業やリゾート不動産業の進展が著しい。
[編集] 観光
ニカラグアの観光産業は近年急速に発展している。ニカラグアにはメキシコ、グアテマラ、エルサルバドル、ホンジュラス、ベリーズのようなマヤ文明の遺跡は存在しないが、代表的な観光地としてはマナグア、レオン、グラナダ、オメテペ島、サン・フアン・デル・スール、コーン諸島などが挙げられ、近年はエコツアーも発展している。首都マナグアのルベン・ダリオ劇場、文化宮殿、サンディーノのトタンで出来た黒い像などが観光名所として有名であり、毎年4月にカルナバルが行われる。
[編集] 軍事
詳細はニカラグア軍を参照
1927年にアメリカ合衆国によってそれまであった国軍は解体され、新たにアメリカ海兵隊の指導を受けた国家警備隊 (ニカラグア)が設立されたが、国家警備隊は1979年のニカラグア革命によって解体された。その後サンディニスタ人民軍と反革命傭兵軍コントラとの内戦が1980年代を通じて続けられ、内戦による兵力不足を補うために徴兵制も施行されたが、1988年の停戦合意後にサンディニスタ人民軍は大幅に削減され、1990年に名称もニカラグア軍に改名された。
現在徴兵制は廃止され、志願兵制となっている。
[編集] 国民
詳細はニカラグアの国民を参照
ニカラグアの人口増加グラフ (1961-2003)
マナグアのニカラグア女性
パレスチナ系ニカラグア人の行進
大西洋側ミスキート族自治区ブルーフィールズの標識。上段が英語、中央がスペイン語、下段がミスキート語になっている。人種構成は、メスティーソ69%、白人17%、黒人9%、インディヘナ諸部族が5%となっている。
アフリカ系ニカラグア人とインディヘナはカリブ海側に集中しており、アフリカ系の先祖にはジャマイカから労働者として流入した者もいる。インディヘナの主な部族としては、ミスキート族、スモ族、ラマ族、ガリフナ族などが挙げられる。
19世紀から20世紀にかけてニカラグアにはヨーロッパから移民が流入した。ドイツ人、イタリア人、スペイン人、フランス人、ベルギー人移民などがヒノテガやエステリなどの太平洋側諸県に流入し、その地でコーヒーや砂糖、出版に携わった。
外為・南アフリカランド
その他にも中東からシリア人、レバノン人、パレスチナ人、ユダヤ人が流入し、東アジアからも中国人(華人)や台湾人、日本人の移民もあった。
内戦中に多くのニカラグア人が国外に流出した。
[編集] 人口
2004年の人口は約535万人であり、人口の80%以上が西部太平洋側のマナグア、レオン、グラナダ、マサヤ等に集中している。カリブ海側は人口密度が薄い。
先物取引
[編集] 言語
第二次ニカラグア内戦中に憲法が改正され、先住民族は母語で教育を受ける権利を有する。スペイン語が公用語であるが、大西洋海岸のモスキート海岸ではミスキート族の話す英語(クレオール英語)とミスキート語が公用語になっている。ニカラグアのスペイン語はトゥセオ(tuseo)よりもボセオ(voseo)を用いる。
その他に、移民によって中国語やアラビア語、ドイツ語、イタリア語なども話されている。
[編集] 宗教
宗教は、カトリックが85%、他には福音派プロテスタントや末日聖徒イエス・キリスト教会(モルモン教)など。
[編集] 教育
内戦中に革命政権がキューバ政府の支援を受けて行った識字運動により、ソモサ王朝時代までは50%程だった識字率は80%を越えるまでに改善したものの、内戦の混乱や経済の崩壊の中で再び公教育も大きな打撃を受け、現在の識字率は約68%である。
主な高等教育機関としてはニカラグア国立自治大学(1812年)、中米大学(1961年)、ニカラグア工科大学(1967年)などが挙げられる。
[編集] 文化FX
詳細はニカラグアの文化を参照
ルベン・ダリオ
"Alegria por la vida" 一年を祝う マナグアのカルナバル
レオン・ビエホ遺跡群 - (2000年、文化遺産)ニカラグアの文化は基本的にインディヘナの文化とスペインの文化の融合によって成立しているが、カリブ海側のミスキート族など、英語を話すアフリカ系の人々の文化的な影響も大きい。
FX
[編集] 文学
ニカラグアの文学は先住民の口承文学に根を持っていたが、スペイン人の征服後はスペイン語によって表現されることになった。
ニカラグア文学においては詩が大きな存在感を持ち、決して欠かせない存在として、19世紀のラテンアメリカ文学全体に大きな影響を与えたモデルニスモを代表する大詩人にして、スペイン語圏最高峰の詩人として知られるルベン・ダリオが挙げられる。
その他の詩人としては、フランシスコ・キニョネス・スンジン、パブロ・アントニオ・クアドラ、エルネスト・カルデナルなどが、小説家としてはセルヒオ・ラミレスが挙げられる。
[編集] 音楽
パロ・デ・マーヨなどのフォルクローレがあり、民俗音楽においてはアフリカ伝来のマリンバが用いられる。
カリブ海側にはガリフナ族のコミュニティもあり、彼等の音楽はプンタと呼ばれている。
ニューヨーク生まれのサルサも人気である。
著名な音楽家としては、フォルクローレのカルロス・メヒア・ゴドイ、ルイス・エンリケ・メヒア・ゴドイのゴドイ兄弟が、ニカラグアにおけるヌエバ・カンシオンの担い手として挙げられ、また、サルサにおいてはマイアミで活躍するルイス・エンリケ・メヒア・ロペスが挙げられる。
音楽
パロ・デ・マーヨなどのフォルクローレがあり、民俗音楽においてはアフリカ伝来のマリンバが用いられる。
カリブ海側にはガリフナ族のコミュニティもあり、彼等の音楽はプンタと呼ばれている。
ニューヨーク生まれのサルサも人気である。
著名な音楽家としては、フォルクローレのカルロス・メヒア・ゴドイ、ルイス・エンリケ・メヒア・ゴドイのゴドイ兄弟が、ニカラグアにおけるヌエバ・カンシオンの担い手として挙げられ、また、サルサにおいてはマイアミで活躍するルイス・エンリケ・メヒア・ロペスが挙げられる。
[編集] 世界遺産
ニカラグア国内には、ユネスコの世界遺産リストに登録された文化遺産が1件ある。詳細は、ニカラグアの世界遺産を参照。
祝祭日 日付 日本語表記 現地語表記 備考
1月1日 元日 Ano nuevo
2月1日 空軍記念日 Dia de la Aviacion Militar
3月から4月 聖週間 Semana Santa
5月1日 メーデー Dia de los trabajadores
5月27日 陸軍記念日 Dia del Ejercito
7月19日 革命記念日 Dia de la Revolucion
8月1日から8月10日 サント・ドミンゴ(マナグアのみ) Santo Domingo
9月14日 サン・ハシントの戦いの日 Dia de la Btalla de San Jacinto
9月15日 独立記念日 Dia de la Independencia
10月12日 インディヘナの抵抗の日 Dia de la Resistencia Indigena
11月2日 死者の日 Dia de los Muertos
12月8日 無原罪の聖母 Inmaculada Concepcion
12月25日 クリスマス Navidad
12月31日 大晦日 Fin de ano